船のカタチ(86)  日本海軍の軍艦 序章
               戦艦 大和 <1941>、 空母 瑞鶴 <1941>、 巡洋艦 利根 <1938>、
               駆逐艦 陽炎 <1939>、 潜水艦 伊15 <1940>
                                                                 2017-02 神田 修治

日本海軍の軍艦は高性能でカタチ良い船でありました。私の船好き仲間にも日本海軍軍艦のファンは多いです。
日本海軍はさきの太平洋戦争で米海軍USNに敗れました。 終戦の時私は小学2年生でした。 そして私は戦後の日本で素朴な民主主義の世代として育ち、川崎重工業に就職し潜水艦設計をやりました。 この間戦争について種々考えたりもしましたが、我々の社会を護るために、国防・軍備は必要かつ大切であると私は考えています。(船のカタチ-78B

しかしさきの太平洋戦争とそれを戦った日本海軍について私の思いは否定的です。 昭和の日本海軍は驕り、身勝手になって、国を護るのではなく、それよりも自分や自組織を保身するものになってしまい、戦争の基本を誤り、ついには敗戦したと私は思います。 そればかりでなく軍部の自分勝手の国家運営により、私たち国民、市民はひどい目にあったと私は思います。 そのなか日本海軍の技術者たちは終戦時、その技術を後世に残し伝える努力をしました。 私は造船技術者として、それらの資料を読んできました。(注1)  それをもとに本シリーズでは、日本海軍の軍艦について、船舶(ふね)という視点から、さらには「船のカタチ」という視点から見てゆこうと思います。

戦艦大和-日本海軍の最新戦艦として有名。
世界一強力といわれたが、存在は秘とされた。
船のカタチは敵を威圧するに効果的であったと私は思う。 さきの戦争では温存され活躍乏しく、末期に特攻出撃沈没。
航空母艦瑞鶴-就役当時、世界最強の空母と言われた。 戦争ではハワイ作戦はじめ多数出動し活躍した。 本艦より新しい高性能の大鳳があったが、大鳳は就役まもなくの参戦で、一本の魚雷を受け、エレベータ故障、気化ガソリンの爆発により沈没した。
巡洋艦利根-最も新しく建造された、水上偵察機6機、索敵重視。 主砲をすべて前甲板に集中し、後甲板は水偵機艤装専用とした。 戦争ではハワイ作戦に参加し事前偵察に成功、以後も活躍。
駆逐艦陽炎-友鶴事件、第四艦隊事故の経験・教訓を盛込み、戦闘能力と船舶安全との総合、バランスのよい艦であった。 戦争では多くの作戦に参加し活躍したが、消耗もした。

潜水艦伊15-航続距離と水上高速の両方を兼備した高性能潜水艦。 戦争では用法の不適により活躍少、消耗大であった。

上図に日本海軍の軍艦、艦種ごとに代表的な艦を私なりに選んで(注2)「船のカタチ」スケッチと要目を記します。
これらの艦の運用思想は「艦隊決戦、漸減作戦、個艦優秀」というものでありました。(注3)  そして緒戦、ハワイ奇襲には成功したが、後USNが立直り反撃に出てくると、それへの対応は拙劣で敗れました。 その理由の一つは、持てる軍艦の能力を十分に生かせなかったことと思います。 例えば日本の潜水艦は米潜よりも高性能であったが、艦隊決戦に使用され、より強力な敵水上艦(当然)の攻撃にさらされ沈没・消耗したのに対し、米潜は商船等を相手とした通商破壊に使用され、高性能でなくても大きな効果を上げたのでした。 日本海軍は「商船相手は武士らしくない」などという用兵者の身勝手な考え方により誤った運用をし、日本の軍艦は十分な性能発揮ができず敗戦したと私は思います。 

また人材活用についても同様に活用法を誤りました。中枢指導部は現場、戦場で戦う人々の人命・尊厳と気概を尊重すべきなのにそれをせず、逆に、自分たち一部の者の自己保身、自分勝手のため、現場の人材を無為に用い、人命を粗末に扱い、気概・やる気を損ねたと私は思います。 その一例は2A戦標船であり、これに乗って働く人々、船員と兵士の人命、尊厳を粗末にしたものであったことは先に(船のカタチ-81)に述べたとおりです。 戦争では尊い命が失われます。 だからこそ人命を大切にし、そのやる気を高揚しなければならないと私は思います。

このシリーズをまとめるに当たり、私なりに調べましたがいたらぬことや間違いもあるかと思います。 いつか諸先輩に教えてもらえばよいと思っていましたが、私自身も80歳となり、気が付けばそのような先輩も少なくなり、後悔しています。 不備な点につき、読者皆様からご教示・ご指導をいただくと有難いです。 どうぞよろしくお願いいたします。



船のカタチ(86A)  日本海軍の軍艦 序章  補足と注記
                戦艦 金剛 <1913新造、1937改装>、 巡洋艦 妙高 <1929>、 高雄 <1932>、
                空母 大鳳 <1944>、 駆逐艦 秋月 <1942>、 潜水艦伊-400 <1944>、
                参考文献、 資料リスト、 艦隊決戦、 漸減作戦、 個艦優秀、
                                                                 2017-02 神田 修治

(注1) 参考文献、資料リスト、主なものは次のようです。

  (1) 日本造船学会編 昭和造船史 第1巻 第4部艦艇 原書房1977 
  (2) 日本造船学会編 日本海軍艦艇図面集 昭和造船史別冊 原書房1975 
  (3) 福井静夫 日本の軍艦 出版協同社1956 
  (4) 松本喜太郎 戦艦大和 再建社1952
  (5) 石渡幸二 名艦物語 中公文庫1996]
  (6) 千早正隆他 写真図説・帝国連合艦隊 講談社1983
  (7) 内藤初穂編 牧野茂監 平賀譲遺稿集 出版協同社1985 
  (8) 吉田満 戦艦大和 角川文庫1968 
  (9) 曽村保信 海の政治学 中公新書 1988 
  (10) 日本航空母艦史 世界の艦船481 1994-05 
  (11) 日本巡洋艦史 世界の艦船441 1991-09
  (12) 日本駆逐艦史 世界の艦船453 1992-07
  (13) 日本潜水艦史 世界の艦船469 1993-08
  (14) 終戦60周年、昭和の日本海軍を考える 世界の艦船646 2005-08 
  (15) 半藤一利 昭和史1926→1945 平凡社2009

  上記のうち(1)と(2)は、(1)の序文にあるように、戦前ならば秘密とされたものだが、終戦という特殊な
  状況において保存され、のちに造船学会から公刊されたものであり、世界的にも類例がなく、技術的
  内容が豊富で貴重・有益であると思います。
  これの執筆者のうち、堀元美、寺田明、牧野茂、片山有樹、松本喜太郎、緒明亮乍、の諸氏に私は、
  学会(以前は造船協会と称した)や研究会、さらには会社業務等の場において、直接お話をいただく
  等、ご指導を受けました。


(注2) 前掲(86)図中の艦は代表的なものとして、私の独断により選んだが、その他にも捨てがたい艦が
     あります。  下図にそれらを示します。 これも私の独断によるものです。



戦艦 金剛-英国建造の古参で、旧式であったが、改装を重ねて高速を有し、多くの戦場に参加して、大活躍した。


巡洋艦 妙高級、高雄-利根級より前の竣工だが高性能と攻撃的なカタチが注目を集め、足柄は英国で「飢えた狼のよう」と評された。
航空母艦 大鳳-就役まもなくの合戦で雷撃への対応悪く失われ、本来の活躍ができなかったが、最新鋭・最優秀の艦であった。
駆逐艦 秋月-空母護衛の艦とされ魚雷よりも高射砲等の対空武装を重視した対空駆逐艦。 カタチ良い大型で高性能であった。

潜水艦 伊400-隻数少(3隻)であったが、水上攻撃機を搭載し、いわば潜水空母として世界の注目を集めた。

(注3) 艦隊決戦、漸減作戦、個艦優秀、について-資料調査等から、私の理解は次のようです。

  昭和の日本海軍は、米国海軍を敵と想定していたが、日本は工業力や資源に乏しく、また軍縮条約等
  の制約もあり、数量的に劣勢の艦船で戦うことを想定しました。 そこで合戦モデルとしては戦艦を中心
  とした艦隊による合戦、すなわち艦隊決戦を想定し、それぞれの決戦において、我が方の個艦優秀に
  より、相手を当方より多く撃沈し、相手艦の数を徐々に減らしてゆくという漸減作戦を想定しました。
  そのために、各決戦において当方の個艦が優勢となるよう性能優秀すなわち個艦優秀を目指しました。
  これら一連の想定はストーリーとしては筋の通ったものではあったが、リアリティに乏しく実際にはその
  ようにならなかったことは周知のとおりです。 また個艦優秀といっても、それは艦隊決戦で主力をなす
  限られた艦についてのことでした。


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