氷海と船と環境:氷海工学とはどのようなものでしょうか?

第2章:氷海域と海氷

海氷はどのようにでき、どのような種類があるのでしょうか。どのような性質を持っているのでしょうか。

1:海氷の分布

【北極圏全貌】


Arctic Oceanの中央部には,年中解けることのない多年氷がAlaskaとEast Siberiaの両大陸に押しつけられる形で分布している。冬期にはこの周囲から南に向かって海氷が成長し、海岸から海に向かって成長した新しい定着氷と一緒になって、北極海の約85%にあたる1,170万km2(Winter Average Maximum)が氷で覆われる。夏季にはこれが融解して氷縁が後退し,氷海域は約520万km2(Summer Average Maximum;これは従前の数値で、地球温暖化による融解で2007年の夏には420万km2程度まで減少していると報告されている。)となる。大陸周辺部にできる開水域では船舶の航行が可能となる。図中には、冬期に海氷が流出する最大限界線(Estimated Absolute Maximum)が示されている。

【太平洋側の流氷】
Bering straitを通過した海氷は冷たい千島海流に乗ってAleutian Islands(アリユーシャン列島)の北側を南下しKamchatka Peninsulaを経て北海道南岸の北緯42°あたりまで南下する。

【大西洋側の流氷】
Canada北極諸島やGreenlandの南岸からさらにNewfoundland isl.(ニューファンドランド島),Nova Scotia Pen.(ノバスコシア半島)の位置する北緯40°まで南下する。一方、Greenland東側のNorwegian Seaでは流氷の限界線は著しく北に偏っている。これは温かい北大西洋海流(Gulf Stream)がScandinavian Pen.に沿って北上してBarents Seaに流入しているためで,流氷の限界線が北極圏内に大きく入り込んだ複雑な形をなす原困となっている。このため Kola Pen.(コラ半島)の北側の港湾都市MrumanskはRussiaの北極海側の重要な不凍港となっている。

【アラスカ・カナダ北極圏】
冬期にはほぼ北緯60°以北の全海域とこれより南にあるセントロレンス湾及び五大湖が氷結する。多年氷はエルズメア島、バンクス島、ビクトリア島が散在するカナダ北極海諸島の海域、ボーフォート海、チャクチ海など大陸沿岸に近い海域を覆い尽くす。一年氷はバンクス島の南のアムンゼン湾、バフィン湾、セントローレンス湾及びベーリング海の北部を海氷が覆う。このように冬期はカナダ、アラスカの海岸線が大部分氷結されるので、通常船舶の航行は制限される。

 

(ボーフォート海の一般的氷状)
植村直己の著書「北極圏一万二千キロ」で出てくるカナダアラスカ沿岸の町「トゥクトヤクートゥク」付近から北極点に向かって眺めると、氷域はほぼ4種類に分けられる。
@定着氷領域(Land fast ice zone):沿岸に付着し大陸棚に沿って約40kmほど張り出した一年氷(1st year ice)領域で部分的に多年氷(multi-year ice)も存在する。
Aアクティブ・シア領域(Active shear zone):北極圏を中心とするビューフォート還流により定着氷が切れて部分的に水路が出来る。
Bトランジション・アイス領域(Transition ice zone):約60kmの幅を持ち、一年氷や厚さ3m程度の多年氷や氷丘脈(ice pressure ridge)などが混在する。海底資源の埋蔵量が豊富な領域でもある。
C永久浮氷領域(Parmanent polar pack ice zone):沖合い約100km以北にあり氷丘脈を伴う多年氷の領域。四方からの氷の圧縮や剪断をうけ海氷の形態は複雑で氷象は極めて厳しい。

2:海氷の分類

海氷はその発達過程、形態、氷の量によって千差万別で名称が異なり、これに基づき海氷の構造や強度が異なる。種類は多岐にわたり一冊の海氷用語辞典に収められるほどである。詳細は本書に譲り、ごく概要のみを紹介する。 水に浮いているあらゆる形態の天然氷は浮氷(ふひょう:Floating ice)と呼ばれ、次のように分類される。

【浮氷】

@海氷(Sea ice)、A陸氷(Ice of land origin)、B湖氷(Lake ice)、C河氷(River ice)

【発達過程の分類】
@新成氷(New ice)、Aニラス(Nilas)、Bはす葉氷(Pancake ice)、C板状軟氷(Young ice)、D一年氷(First year ice)、E古い氷(Old ice:多年氷など)

【浮氷の形態】
@定着氷、A流氷、Bはす葉氷、C氷盤、D板氷

【氷盤(Floe)の模式的】右図参照
1)巨大氷盤、 2)巨氷盤、 3)大氷盤、 4)中氷盤、 5)小氷盤、 6)板氷、 7)小板氷

【氷の量(密接度)】
密集程度を10分位法で表し、
@全密接氷域(Ct=10/10)、A最密氷域(9/10-10/10>)、B密氷域(7/10-8/10>)、C疎氷域(4/10-6/10>)、D分離氷域(1/10-3/10)、E開放水面(1/10以下)
などである。

3:海氷の発生と成長

海水の表面が冷却されると上下方向に密度の不均衡が生じて, 鉛直対流が起こる。やがて,結氷温度に達すると海水は表面から凍結を始め、晶氷(Frazile ice)と呼ばれる微細な針状、あるいは板状の純氷が発生する。
海の表面にほとんど波がない時にはこれらの晶氷はお互に凍りついて比較的硬いニラス(Nilas)あるいは氷殻(Icerind)と呼ばれる氷の枝となり、次第に厚さを増す。ある程度の波がある場合には砕かれた晶氷が互いに集まって水面にスープ状の層をなすグリース・アイス(Grease ice)となる。Grease iceがさらに波にもまれながら成長すると,互いにぶつかりあって縁がまくれ上ったほば円板状のはす葉氷となる。はす葉氷の大きさは直径30cmから3m程度である。はす葉氷ができるようになると浮遊する氷間の摩擦により波がしだいに静まってくるが、やがて、はす葉氷の間も凍り、氷厚と硬度を増して板状軟水(Young ice)となる。

(i)垂直構造
氷の垂直構造を見ると、表面から約2cmの部分は結晶方向がランダムな氷の小さい結晶粒(Grain)の集まりで、その下は氷の下部まで続く楔状の結晶であることがわかる。表面の部分は晶氷が波にもまれながらはす葉氷に成長した部分である。はす葉氷となって波が静まってくると海氷の垂直下方へ向けて第2次の発達が始まる。氷板下層に行くにしたがい,結晶粒の選択的成長によって結晶粒が大きくなり、くさび形に成長するようになる。 同時に、隣り合った結晶氷板の間には濃縮された海水(ブライン:brine)が管状や流滴状になって閉じ込められる。これらが海氷の特徴である。右図は海氷の垂直構造の例で,縦長の黒い斑点がブライン,あるいは氷中に閉じ込められた気泡である。

(ii)水平構造
海氷の水平断面は(i)から想像されるように、白い部分が純氷、黒い部分が封じ込められたブライン細胞または気泡の斑になった切り口となる。海氷の組成構造のモデル化の1例が右図である。 本を束ねた形で純氷の部分が幾層にも並び、その間にブライン細胞が平行に挟まれている。
 海氷は一見、均一の塊りであると思われるが、実は多数のブライン細胞を持つ穴あきの氷の塊りであり、よって氷の強度に関係することがわかる。


さらに複雑なことには海氷の温度が低下するとその温度で結氷するブライン中の成分が凍って純氷と固体の塩を析出してしまうのでブライン細胞の体積(ν)が減少することになる。つまり、氷温が低下するとνが減少し氷の強度が増加する。海氷は氷温や塩分濃度により組成や強度が変わる複雑な物質で冷蔵庫で作られる純氷とは性質が甚だしく異なる。

4:海氷の諸性質

(海氷は敵か味方か)

氷海域では海氷を相手とした様々な工学的活動がある。砕氷船や氷海構造物にとっては海氷は邪魔な対象物であるので、海氷を破砕し排除しやすい形状に、また荷重に耐える構造・強度に設計する。一方、海氷を「有効な強度材料」として使用する場合もある。氷上の道路や飛行場、氷海構造物などがそれである。いずれの場合も氷の機械的特性や物理的特性の把握が必要となる。機械的特性には、強度(曲げ、剪断、圧縮など)、金属との凝着や静摩擦や動摩擦特性がある。物理的特性としては塩分濃度などがある。

(曲げ強度σfと氷温)
最も重要な曲げ強度σfを見てみる。右図に実海氷のσfがブライン体積の平方根√νを横軸に示されている。√νが大きくなるほどσfが低下している。上述した海氷構造のモデル図から理解できよう。海氷工学者のWeeks and Assur等の提案によると、海氷モデルのブラインの部分は強度を受け持たないから σf/σ0=1-C・νk で表されるとした。Cは係数、kは冪である。モデル図のように円柱状欠陥の場合はk=1/2となり、最も現実に合うという理屈に基づいている。νは海氷温度Tiに関係するので、Tiを計測すればσfが推定できることにもなる。結氷温度(-1.5〜-2℃)に近づくほどσfが小さくなる。他の強度も同じく√νで整理されている場合が多い。