氷海と船と環境:氷海工学とはどのようなものでしょうか?

第3章:氷板の載荷力

浮氷はどの程度の重さにまで耐えられるのでしょうか? 氷の上を自動車が走り飛行機が離着陸できるのでしょうか?


1:海氷のたわみ

物体を浮遊結氷板の上に置くと氷板は撓む。その重量を増加させてゆくと撓みは徐々に増加し、やがて放射状の亀裂が入る。亀裂が入ってもすぐには破砕することなく持ちこたえる。しかし、さらに重量が増えると持ちこたえられなり、やがて周方向にクラックが入って破砕し物体は水中に沈む。物体形状と重量により氷板にどのように撓みどのように亀裂が進展して破砕に至るかは工学的に重要な問題であり昔から多くの工学者が研究してきた。

浮遊結氷板の下の海水はマットレスのような弾性基礎の役目をする。氷板を弾性基礎上の弾性平板とみなし、これに荷重が作用する場合に模擬することができる。つまり、氷板が撓むとその変位wに比例して水の浮力ρgwが増大する。これは撓みに対する反力となるから、 k=ρg≒1000kg/m3と置けば反力は板の撓みwに比例してkwとなる。kは弾性基礎の性質を表わす重要な係数であり地盤係数と呼ばれる。
(無限に広がる氷板への円状荷重)
このような仮定によると無限に広がる氷板に円状の荷重を載荷したときの撓みwの偏微分方程式が得られ、その一般解は弾性論の教えるところによりケルビン関数ber、bei、ker、keiの結合として表される。
w=a1ber(χ)+a2bei(χ)+a3ker(χ)+a4kei(χ)
係数a1〜a4は境界条件から求められる。 但し、χは無次元半径で、χ=r/lである。lは氷の特性長さで、その定義は次のようであり、海氷の剛性率E、地盤係数k、ポアソン比μ、氷厚方向の慣性2次モーメントIで求められる。
l=〔EI/k(1-μ2)]^(1/4)  

2:浮遊結氷板への載荷そして破砕

(佐伯らの氷板載荷試験:機械的特性)

佐伯ら(北海道大学)はサロマ湖の海水の氷板載荷試験を行い、氷板撓みを計測し、弾性理論計算式および久保の近似式と比較した。実験に先だって海水の曲げ強度と弾性率を片持梁法と単純曲げ法で計測した。片持梁法の試験片の大きさは 1×bxt=200×30×10cmとした.片持梁の曲げ試験では端部を油圧ジャッキで上方に引き上げる方法をとり、平均的に σf=2.995kg/cm2、E=9.177kg/cm2でE/σf=3,064を得た。また、単純曲げ法では1×b×t==50×10×10(cm)の3等分点載荷法で行い、平均値として、σf=3.357kg/cm2、E=11,739kg/cm2でE/σf=3,500を得た。ポアソン比はμ=0.1前後とやや小さい値を得た。

(氷板の載荷力試験と撓み)
載荷力試験方法は興味深い。氷板上に置いた直径1mのタンクに水中ポンプで海水を入れてゆき各荷重時での撓み計測点(r=0.0〜19.5m、計12点)の変位をティルテング・レベルで計測した。右図に無次元撓み分布計測結果を久保の近似式の結果と比較して示す。荷重が1,584kgまでは弾性理論に基づく久保の近似式に良く一致している。荷重がさらに大きくなると実験による撓みが大となる。詳細な分析によると荷重1,470kgで初期クラッタが入るまでは荷重と撓み量はほぼ線型理論を満たしているが、さらに荷重が増加すると塑性変形の影響がでて撓み急速に増大することを示した。

3:氷の有効利用法

(昔の事例)
氷板の載荷力の限界を研究して構造材料に有効に利用する方法が以前から考えられてきた。冬期結氷河川や湖沼氷上を列車や自動車を使って大規模な搬送を行った事例がある。例えば、日露戦争当時の1904年、ロシアは結氷したパイカル湖上に鉄道軌道を敷き、陸上兵力や軍事物資を輸送している。また、第2次世界大戦中の1941年、レニングラードのソ連軍はドイツ軍に包囲され補給を絶たれたために同市北東のラドカ湖の氷上をトラック輸送し大量の物資輸送と約50万人の市民疎開を行った。同じころ、久保義光は南満州鉄道の第二松花江で河川氷上軌道を敷設して列車を走らせる実験を行っている。以上の事例は氷板の載荷力を利用した具体例で、久保義光著「氷工学序説」に記述されている。現在においてもスカンディナビア地方や北極圏では特に冬期に氷上を道路や飛行場として使用している所もある。

(最近の事例)
北極海の資源開発のための油井試掘用人工島の構造強度材料として氷を使用する例がよく見られるようになった。掘削毎域の海水は夏季の2カ月でほとんど融解するから氷の人工島は冬期専用の試掘基地として用いられる。人工島の規模は直径400m、高さ10m程度と大きなものもある.従来、砂利による人工島が最も安価なものと考えられてきたが、強度材料としての海氷はいくらでも現地調達が可能なこと、建設費が安価で使用後の撤去の必要がないこと、海洋汚染の問題がないことなどの利点により 1976年初めての海氷を利用した人工島がボーフオート海の水深3mの地点に設置された。この人工島の建設法としては、海水を張って凍結させた氷(Flooded ice)、海水を撒いて凍結させた氷(Spray ice)、海氷を砕いた氷(Rubb1e ice)を用いる方法がある。 Spray iceによる人工島の例は1983年/84年米国ポーフオート海で建設された。スプレー用の移動式ポンプで海水を汲み上げ天然の氷板の上に撒布してSpray iceを盛り上げ、Spray iceの発達とともにその自重で氷板が次第に沈下して海底に達するというものである。建設地点での水深は12.5mと比較的浅い海域であった。