氷海と船と環境:氷海工学とはどのようなものでしょうか?

第4章:砕氷模型実験

砕氷船は大馬力で氷板に乗り上げ自重で押し下げて割り、砕氷片を押し分けてはまた進みます。これを繰り返しながら・・・。どのような船型であれば砕氷抵抗が少なくエンジン馬力が小さくてすむのか等を調べるのが氷海水槽を使用した模型試験です。


1:氷の相似則:どのような氷を作ればよいのか?

砕氷船の砕氷抵抗や構造物に作用する氷荷重を推定する手段としては、氷海水槽を使用した模型実験や実海氷を使用した野外実験による方法がある。模型実験の場合は計測値から実機の値を精度よく算出できなければならない。そのためには現象を支配するパラメータを正しく認識し、力学的に相似な実験を行う必要がある。

砕氷船や氷海構造物の周辺に生じる砕氷現象は氷板の撓みと破壊、氷片の水中および側方への排除、水流に沿った氷塊の移動などで構成され、これらの現象は慣性力、重力、弾性力、応力、摩擦力、粘性力などの基礎的物理法則に従う。これらから取り出した2量間の比、いわゆる、Π(パイ)ナンバーを作り、模型と実機でこれを等置すると右図のような砕氷模型実験の相似則が導出できる。

実船と模型船の寸法比をλ(=Ls/Lm:実機/模型)とした時の模型氷の機械的特性値、即ち、弾性率E、強度σ(曲げ、圧縮、せん断など)、ポアソン比μ等が計算できる。 

2:氷海水槽とは

対象氷海域での氷の各種特性値を設定し相似な模型氷を水槽内に再現して砕氷船の性能実験や氷海構造物に作用する氷荷重の実験を行う水槽を氷海域再現水槽、略して氷海水槽(Ice Tank)と呼ぶ。
実機と模型を幾何学的に相似とし、その寸法比をλ(=Ls/Lm:実機/模型)とすると、次のような模型氷を作れば主要な破壊や排除等の現象が力学的に相似になり、実機荷重は模型荷重×λ^3で推定することができる。

@模型氷厚h:1/λとする。 A模型氷の弾性率、強度:実機の値の1/λとする。例えば、λ=50とすると、1/50の軟らかい氷を作ることになる。 B氷と氷および氷と物体間の摩擦係数、氷のポアソン比、密度などを実機と同一とする。 さらに、可能な限り氷の結晶構造を相似にすることが要望される。

氷海水槽の歴史はこの難しい相似則を満たす模型氷製造方法の歴史でもあり多くの研究がなされた。軟らかい、しかも弾性のある氷を作るためにはどうするか?
・第1は氷の添加物の改善である。食塩(NACL)の使用を経て尿素(uria:ユリア)やEG/AD/S氷(エチレン・グリコール、液体洗剤、砂糖の混合)またこれに類似するものが添加物として研究され現在に至っている。
・第2は製氷、熟成の方法の改善である。氷核散布(Wet Seeding)や製氷温度の調整による結晶粒径の制御、結氷氷板の昇温(Warm-up)による強度と剛性の調整などにより模型氷の製造精度がはかられている。しかし、理想的なものは不可能であり相似則の不一致は種々の合理的補正を施して実機の値が推定されている。
氷海水槽の草分は1955年に建造されたロシアの北極・南極研究所の氷海水槽で長さ13.5mであった。現在最大級のものはカナダNRC所有の氷海水槽で長さ80mで、室温は-33℃まで冷却できる。

3:模型試験で目指す実海氷の特性

砕氷船の抵抗や海洋構造物に作用する氷荷重を左右する実氷海での代表的氷象とパラメータを列挙すると次のようである。
(1)Level ice:氷厚(h),曲げ強度(σf),圧縮強度(σc),ヤング率(E)(通常,E/σfの値で評価),船体−氷間摩擦係数(f),冠雪量(hs),密接度,一年氷/多年氷の区別
(2)Ridge:サイズ(Sail高さ,Keel深さ,幅,Consolidation深さ),出現頻度(1kmあたりの個数)
(3)Broken ice:密氷度,氷厚,氷板の大きさ

 @氷厚:ボーフォート海Land fast ice zoneでは最大1.7m、Polar pack ice zoneで最大3.5m
 A曲げ強度:σf=300〜500kPa、E/σf=2,000〜8,000、圧縮強度:σc=2,000〜6,000kPa
 BRidgeサイズと頻度:First year ridgeの最大級でHs/Dk=4/20,平均でHs/Dk==1.5/7.5、出現頻度:8〜20個/km ここで、Hs/Dk:Sail高さ/Keel深さ、単位はm),
 C摩擦係数:船体表面が滑らかな塗装仕上げの場合
   船体−氷間でf=0.02〜0.1程度, 船体−冠雪氷間でf=0.1〜0.2程度
以上から、氷模型実験の相似則から、寸法比をλ=Ls/Lmとすれば、模型氷の曲げ強度σfmや圧縮強度σcmは上記の値を1/λで縮小した氷が必要となる。

4:4:砕氷模型実験

・実船と相似な縮尺比1/λの模型船とプロペラを製造する。模型船は通常、木製だが氷で表面が傷まないように耐水構造とする。水槽の側壁や底面の観測窓を通して船首や船尾での砕氷状況の可視化や定量化が可能なような色彩に塗装し、船長方向の吃水線やステーション線を画く。

・塗装用ペイントは船体‐氷間の摩擦係数が所定の値となるよう、カーボランダムなどにより調整する。これは砕氷全抵抗に占める摩擦抵抗成分の割合がかなり大きいためである。摩擦係数がさらに増加する可能性は、氷上に積雪がある場合や船体が氷による擦過で経年的に粗度が大となる場合である。積雪影響を氷海水槽で再現することは難しいため船体表面粗度を増加させた近似的な実験が行われる。

・模型船の吃水、トリムを調整し排水量を合わせる。氷海中の試験では縦揺(Pitching)、上下揺(Heaving)および前後嘩(Surging)などの縦運動が支配的であるため、模型船の縦慣動半径を合わせる。砕氷時の若干の非対称運動を考慮して横揺(Rolling)を自由とし横揺周期を合わす場合もある。

・船首よる砕氷現象は非定常で荷重は砕氷サイクルで変動する。氷荷重は氷板の破壊と排除にもとづく非定常な変動荷重と定常な流体抵抗の和であるが変動荷重の方が圧倒的に大である。変動荷重の時間的平均をとって砕氷抵抗を定義している。

・右上図に氷中抵抗試験状祝を示す。船尾後流中の砕氷片の模様が示されている。船側で排除された氷の一部は側方の氷板の下に送り込まれるが、砕氷塊の一部は船尾通過して船尾後流中に浮上し、船体後流域を埋め戻している。

・抵抗試験のほか、船内モーターでプロペラを回して自力で砕氷航行させ、船速、回転数プロペラ、トルク、スラストを計測する自航試験がある。

・第6章、第7章に示す様に、氷海構造物は円柱型、円錐型、垂直平板型のもの、あるいは複合構造のものがある。またこの種の部材を要素部材として構成されている場合が多い。小模型を使用して形状により砕氷現象の観測や氷荷重の挙動を調べる模型実験が行われる。

・一般的に、円錐型は氷板を曲げ破壊で大きく破砕し、傾斜角が緩いほど氷荷重が減少する。円柱型、垂直平板型は圧縮で氷板を破壊するので円錐型に比べて氷荷重が大きい。

・円錐型では破砕氷板の傾斜面押上げが顕著で左右に押し分ける。円柱型、垂直平板型は物体前部への排除が顕著である。

・氷荷重は破壊荷重と排除荷重で構成される。

なお、水平サイズが100mに達する大きな氷海構造物に氷板・氷塊が襲来した場合は、場所により非同時に破壊する場合が多く実機実験が非常に重要となっている。