氷海と船と環境:氷海工学とはどのようなものでしょうか?

第5章:砕氷船工学

砕氷船とはどのようなものでしょうか。・・・・その歴史と種類、砕氷抵抗のメカニズム・・・、世界の著名な砕氷船の技術的変遷、船にかかる巨大な砕氷抵抗、強力な機関とプロペラ、アイストルクとは、ラミング(体当たり砕氷)、氷中の旋回等が書かれています。

1:砕氷船舶の概要

【クロンスタッド】
フィンランド・ヘルシンキ空港を離陸した著者の搭乗機は、機首を東に向けて一路ロシアの旧帝都サンクト・ペテルブルグに向かった。およそ1時間後、はるかに霞むフィンランド湾奥にうっすらとペテルブルグ市街と幾棟かの金色に輝く寺院の尖塔が見え始めた。まもなく当機が機首を下げ始めた頃、眼下に細長い堤防で両岸から結ばれた小さな島を見つけた。旧ロシア帝国の海軍要塞の島「クロンスタッド」であること思い出して著者の胸は躍った。
1870年頃、フィンランド港内のクロンスタッド港の水先案内兼曳航船が砕氷型船首を装備して航路啓開に従事したと記録されている。最初の砕氷船はハンブルグで建造された「EisbrecherT」(船長40.5m、馬力592ps、1872年)であり、エルベ河の冬期の氷結を啓開し、北部ヨーロッパの貿易促進の先駆けとなった。

【その後の発展】
1932年、第2回国際極年に際してソ連邦の砕氷船「アレキサンダー・シベリヤコフ」は一夏でウラジオストックまでの北極海北東航路を完航した。この科学史上の快挙は物理学者寺田寅彦の随筆「北氷洋の氷の割れる音」(随筆集第四巻:岩波文庫)に臨場感あふれる筆致で描かれている。1945年以降、各国の南極観測の参加もあって砕氷船の建造が活発となった。(本ページ3:砕氷船型の技術的変遷、詳細は本書p161参照) 砕氷船による北氷洋横断と北極点到達はずっと後の1977年にソ連邦の原子力砕氷船「アルクチカ」によりなされた。悠久とした一般船舶の歴史に比べると砕氷船の歴史の扉は航空機と同じく比較的最近になって開かれた。以降、砕氷船は冬期の結氷による閉塞から生き延びるための各国各時代の社会的要請、また運輸経済的、軍事的要請のもとに科学技術の進歩に機を一にして発展してきた。

砕氷船舶は、@砕氷船とA砕氷型商船に大別される。
@ 砕氷船:
1)単独航行用砕氷船
 凍結河川、港湾の水路啓開/氷海中に閉塞された船舶の救助/凍結地域への物資輸送/氷海域における海洋開発活動支援/両極圏における学術調査の支援/軍事的、保安的氷海オペレーション
2)船団護衛用砕氷船
 船団誘導/航路啓開/船舶救助/軍事的氷海オペレーション
A 砕氷型商船:
 物資・旅客・車両等の輸送:砕氷タンカー、砕氷バルクキャリヤー、砕氷フェリー等

2:砕氷抵抗とは:砕氷模型実験とエンジン馬力

@大学の「船舶設計」の授業では船の歴史、一般商船、高速船など共にこの学際的な氷海の話をするのが楽しみである。原子力砕氷船が北極海の厚さ2mもあろう氷を「バリバリ」と割りながら進むビデオを見ながら砕氷現象と船型の関係を話す。・・・「砕氷船の船首部が海氷に接触、乗り上げ撓ませながらやがて曲げ強度に達して船首舷側の氷にはカスプ状のクラックが入りつぎつぎに複雑に割れる。砕氷板は回転しながら押し沈められ周囲の氷も砕き裂きながら船が進む。砕氷板は船底や船側に接触しつつ船体-氷間の摩擦で推進エネルギーを消費させながら船尾方向へと流れ、一部はプロペラへ吸い込まれ(氷の摂食という)、一部は側方へと流れる。後流に疎氷域を残しながら・・」。船首では、ほぼ氷の特性破壊長さで砕氷されるのでそのサイクルで@氷板乗り上げ、A破壊、B摩擦移動と押沈め、Cプロペラの氷摂食を繰り返して船は緩やかにピッチングしながら低速で進む。その平均荷重が抵抗や馬力になる。

A氷は水に“・”が一つ付いただけであるが船体に与える現象がめちゃくちゃに複雑になる。この相似則は何か?撓んで割れる砕氷サイズはどのように決まるのであろうか?・・・・・・・現象を支配する相似則は材力で出てくるCauchy数や流体力学でお馴染みのFroude数などである。模型船のscale factor(実船/模型の寸法比を例えば、λ=50とすると、氷厚h、弾性率E,曲げ強度σfを実氷の1/50の模型氷はできれば、模型船速Vmを実船船速Vsの1/√50で走ると、計測した模型船の氷荷重(Fm)は実船の値(Fs=Fm×λ^3)に換算できる。実際は全てがそうはうまく行かないから補正が必要である。

B右図にカナダのRclass砕氷船の船型形状と実船砕氷抵抗が示されている。砕氷抵抗は氷厚と氷上の積雪に依存するが開水域に比べて桁違いに大きい。よって大馬力となるので砕氷抵抗を低く抑える船型が追求される。砕氷商船では初期建造費と輸送システムとして満たすべき運航経済性が要求される。氷海域と開水域を満足する推進性能・構造安全性能・居住性能・・・・など考慮すべきパラメータが通常商船に比べて非常に多くなる。

3:砕氷船型の技術的変遷

1945年以降の各国の砕氷船の技術的発展を3期に分類しその特徴を概観する。

・旧ソ連邦の先達的砕氷船に続いて軍事的あるいは極地観測の見地から優秀な砕氷船が建造された。砕氷能力は小(Arctic class3, 連続砕氷1m程度)で船のサイズはやや小型(船長100m以下,推進馬力は1〜2万馬力)、船首傾斜角がやや大(φ≒27°前後、但し、 Kapitan級は22°と小さい)であり、厚い氷の中では体当たり砕氷を繰り返して進むラミング(チャージング)航行に依存するものが多い。比較的小型ではあるが本格的な砕氷船への兆しを感じる。映画で見た懐かしい光景・・・・幾度か乱氷に航行を阻まれ膠着されて難渋する船長83m、馬力4,800psの小さな「宗谷」と啓開・救助してくれた米国の「Glacier号」やソ連邦の「オビ号」、その光景に限りない友好の情を抱くと共に、強力砕氷船をもつ両国の国力に羨望を覚えた時代である。

・1968年のアラスカノーススロープ石油発見を契機として行われた「Manhattan号」の実験航海の成功は近代砕氷船工学を大いに発展させ、多数の強力な優秀砕氷船を出現させた。「Polarstar」,「Rclass砕氷船」,「しらせ」等である。その特徴は、砕氷能力は大(Arcticclass3〜6,  連続砕氷1〜2m程度)、船のサイズは大型(船長100m〜200m,出力2〜6万馬力)、船首傾斜角が小(φ≒18〜22°)で氷板に乗り上げて曲げ破壊で連続砕氷砕氷するタイプの砕氷船が増えた。

・さらに、「Kigoriak号」で実証されたReamer付きSpoon Bow船型(曲げ砕氷の促進と旋回性能が向上する)、Waas bow船型(箱状船首の船底部にランナーを持ち、乗り上げて氷板をせん断し曲げ破壊する。砕氷板は船底を流れて左右の未破壊氷板の下に滑り込むのでプロペラとの接触が極めて少なく船体後方は開水面となる。)など新しいコンセプトが採用された。

・また、船体と冠雪氷や砕氷片間の摩擦抵抗を軽減するためにHull Wash System やAir Bubbling Systemなど砕氷抵抗軽減システムが使用された。

・1973年と1978年の2度の世界的なオイルショックに遭遇し、北極圏の石油、LNGを掘削して20万dwt級の大型砕氷タンカーで日本や世界に運ぶという壮大な構想が打ち上げられ、日本の大手造船所と欧米の船主、研究機関との間で盛んな共同研究が行われた。氷海工学が大いに発展した活気のあふれた時期であった。

・石油安定供給の再来によりオイルショックが解消されたため、大型砕氷タンカーは登場することなく21世紀を迎えルことになった。強力砕氷船の登場は「Lewis St.Laurent」(改装、カナダ)と「Hearly」(米国)以外はない。しかし,極地観測や氷海関連技術の多様化、地球環境問題の関心の増大から新しいタイプの砕氷船が建造された。

・砕氷性能向上の見地から、@Reamer付きSpoon Bow、Waas bow、A推進機関やプロペラの改良(後述)、BHull Wash System, Air Bubbling System,Air Waterjet Systemなど砕氷抵抗軽減装置等を採用した砕氷船、C砕氷支援、ブイ補給、海洋環境制御、非常時曳航、消火作業等に利用する目的砕氷船の建造等である。

4:砕氷抵抗減少法

氷を砕きながら走る砕氷船の抵抗(砕氷抵抗)は極めて大きい。乱氷域ではさらに氷厚も大で氷が乱雑に重なり氷結して最大厚さ10m以上の氷丘脈を網目状に形成する。これに打ち勝って進む砕氷船の機関馬力は非常に大きなり燃料費が増大するだけでなく機関サイズやスペースが大となりDWが減って運航採算性が減少して成り立たなく場合がある。これを克服すべく砕氷船の性能向上研究がなされてきた。代表的な方法として、

@砕氷船首(スプーン・バウ、リーマー等)付き船型
A砕氷抵抗軽減法として、エアーバブル、ハル・ウォッシュ等の装備
BDAT船型:砕氷抵抗減少法ではないが、氷海域と開水域航行を考慮した新しい船型と推進方法。第7章参照

5:損傷しない推進プラントとプロペラの設計法

・砕氷船に要求される推進システムの性質は、砕氷航行時にはエンジン全開で、例えば、3ノットのような極低速で定常的に航走しなければならないためエンジン(プロペラ軸)回転数低下とトルク増加を生じる。さらに、プロペラ翼は流入氷塊との接触(Milling現象およびImpact現象)によりさらなる急激なプロペラ軸回転数減少とトルク増加を起こす。

・氷況が悪化すると連続砕氷が不可能となり、ラミングモード(Raming:プロペラ正転・逆転を繰り返して船を前後進させ、氷板に船体を体当たりさせて砕氷前進する方法)を頻繁に行うが、これに十分に耐える機関トルクを持つことが必要になる。つまり、氷海船舶では損傷しない堅牢な機関と翼・シャフトが折損したりダメージを受けないプロペラの強度設計が極めて重要である。従来の砕氷船ではAC−DC方式の電気推進システム(ディーゼル発電機で得た交流電力を直流に変換し直流モーターを回転させ固定ピッチプロペラを回して船を推進)が使われた。

・(AC−AC方式の電気推進システム)  最近のパワーエレクトロニクスの発展でAC−AC方式の電気推進システム、即ち、発電機の交流電力そのままで交流モーターを回す推進システムの砕氷船が増え、これにより機器類の簡素化、メンテナンス向上、スペースの縮小が可能となった。ディ−ゼル機関だけでなく原子力電気推進のAC−AC方式がロシアの「Taymyr」、「Yamal」で採用されている。

・(ディーゼル機関−可変ピッチプロペラ(CPP)直結方式)  経済性は高いが低回転高トルク特性に欠ける“ディーゼル機関−固定ピッチプロペラ直結方式”を改善して“ディーゼル機関−可変ピッチプロペラ(CPP) 直結方式”を採用する砕氷船が増えた。「Polarstern」, 「Aurora Australis」 (L=94.8m,13,400PS)がその例である。CPPはプロペラ回転数を前進方向で高速に保ったまま、翼ピッチを変更して前進・後進、推力の増減ができるので、低回転・高トルク特性を避け得ること、ドラッギング(Dragging)による翼の破損( FPPでは低速回転時または逆転過渡時にプロペラ翼が前後方向に氷に掻いて翼を破損することが多い)がないためである。

・CPP設計では、「Polar Star」の度重なるCPP機構の損傷事故を教訓として、部材強度の順位を付けた設計(ピラミダル・デザイン:Pyramidal Design:翼、ボルト、リンク、変節機構、プロペラ軸の順に設計強度を高くして致命的な損傷を避ける)とすることが考慮されている。

・最近、推進器と舵、サイドスラスターの役割を兼ね備えた全方位旋回可能なPOD(Azipod)推進器が登場した。魚雷のような形をしたACモーターで駆動されるプロペラは、360度回転するため回頭能力抜群である。フィンランドの「Fennica」、ドイツの「Neuwerk」にはダクト付プロペラのPOD推進器が装備されている。