氷海と船と環境:氷海工学とはどのようなものでしょうか?

第6章:氷海構造物に作用する氷荷重

氷海域には膨大な石油・LNG資源が眠っています。それを掘削するためには氷海構造物が不可欠です。流氷がジリ、ジリと大きな氷海構造物に押し寄せると巨大な力・氷荷重が発生します。割れては緩み割れては緩み・・・・の地震のような繰り返し変動荷重です。氷海構造物の変遷と形態、氷荷重に耐える構造物の形とシステムはどのようなものでしょうか。

1:氷海構造物の形態とプロジェクト例

Rossia,Alasaka,Canadaなどの北極海周辺海域で石油、ガスなどの天然資源の埋蔵が確認されて以来、種々の開発や掘削が行われてきた。氷海域の資源掘削には氷海構造物と言われる掘削基盤が必要であり氷海域の海底地形、氷況、海気象、海流などの特性に合わせて種々の形態の氷海構造物が開発使用されてきた。

【サハリンプロジェクト】


石油・NG(天然ガス)開発プロジェクトにはサハリンI〜VIまであり、日本企業が参加する「サハリンT」と「サハリンU」が進行している。本項は第7章参照。

【ロシア北西域プロジェクト】
(西シベリア・ネネッツ自治管区)
  ・ペチョラ海、白海,アルハンゲリスク、ムルマンスク、バレンツ海での石油・天然ガス開発、港湾荷役設備、洋上リグ,船舶建造,内陸水路鉄道等のインフラの整備が急速進展中である。

・Prilazlomnoye油田はペチョラ海大陸棚最大埋蔵量の油田でPS合意による開発が進行中である。2004年から耐氷プラットフォームが稼動する。初荷は2005年でムルマンスクへのシャトル・タンカー輸送が予定されている。輸送システムはFEMCOが契約し2004年12月完了の予定である。

・Timano-Pechora油田の産出油はパイプラインによりアルハンゲリスクに輸送される。アルハンゲリスクからは17〜18千トンの耐氷タンカーによりコラ湾で待機する30万トン・コレクター・タンカーに積みかえられる。欧米では耐氷・砕氷型タンカーやLNG船の検討が進んでいる。

・西シベリアは石油・ガスの最大埋蔵地帯で、石油・LNGはNSR西航路によりロシア北極海沿岸,ノルウェー沿岸海域を経て欧州への輸送が検討されている。

【その他】
(カスピ海)
・カスピ海周辺には確認埋蔵量で200億バーレル、回収可能推定埋蔵量で最大2000億バーレルの大量の石油・ガスが埋蔵されており、ソ連崩壊後の 1992年から周辺の独立国や西側の大石油資本を巻きこんだカスピ海開発ブームが起こっている。カザフスタンでは1996年オマーンおよびアメリカ系シェブロンやモービルと組んでカスピ海北東部のテンギス油田を開発し、石油輸送パイプライン(1,500km)の敷設計画(1999年完成)を締結した。

・OKIOC(Offshore Kzakhstan Inernational Operating Company)の開発海域は水深4mの浅海域で, 平坦氷は厚さ60-90cmであるが風により流動してRidgeを生成し、高さ10mの乱氷帯に発達する。掘削期間を通年に延ばすために2隻の同型掘削支援船“Arcticaborg”、“Antarcticaborg”(全長65.1m、2軸 Azipod、Double Acting Type)が1998年に建造され、活動中である。

(アラスカ・ボーフォート海)
アラスカ・ボーフォート海Prudhoe BayにおいてフィンランドAker yard建造の最新型掘削船「Frontier Discoverer」が投入され、逆円錐型掘削船「Kulluk]の2隻で石油掘削が始められている。 

2:氷海構造物に作用する氷荷重

・大型氷海構造物の宿命
大型氷海構造物海底資源掘削のため氷海域に長期間設置される。そのため構造物はその海域に押し寄せる様々な流氷や氷山の襲来をうけ、海氷と構造物との相互作用による氷荷重を受ける。100m余の巨大な幅を持つ海洋構造物にどのような氷盤が到来し、どのような氷荷重が作用するのかは氷海構造物の設計荷重の決定に重要な課題である。設計荷重は理論的、実験的にそして実績を踏まえて決められるが、人知を超える氷が襲来することがある。

・Molikpaqが遭遇した氷励起振動例
1986年4月12日Molikpaqはカナダボーフォート海のAmauligak I-65鉱区に設置されていたが巨大氷盤の襲来による氷励起現象に遭遇し崩壊の一歩手前まで追い込まれた。同年3月8日には約50,000トンの氷荷重を経験しそれは設計荷重とほぼ同等の荷重であったが、4月12日にはそれを越える荷重を受け危険な事態が発生した。

【北極環境下の海底石油開発の特徴】
ただ一つの事柄である「氷の存在」を除けば通常の海域のそれと変わらない。巨大な氷塊は構造物に大きな荷重を与え、海底に大きな溝を作って(ice gouging:氷による海底削掘)海底パイプラインに影響を与え、支援船やタンカーのアクセスを阻害する。氷の存在は次の形で氷海構造物に影響を及ぼす。

最悪の場合には、破壊・油流出・環境破壊につながる恐れを秘めている。


【予測し難い氷の襲来に対処する3方法】

@ how to avoid it (如何に避けるか)
A how to fight it (如何に設計するか)
B how to use it 如何に(利用するか)

であり、これらを考慮して立ち向かうことが重要である。
ice managementをうまく行うことによって成功している事例が多くある。
右図(上)はSouthern Beaufort Seaで行われているFPSOの例と右図(下)初冬のice management(氷塊の監視・粉砕)の光景である。砕氷船によるice managementのもとに掘削作業を行い、砕氷船が危険を回避できない時には係留索とライザー管の緊急放棄により氷塊の襲来を避けるシステムが設計されている。この方法で50以上の探鉱油井がこの地域で掘削されている。

3:氷海構造物に作用する氷荷重の推定試験

・人工島、掘削用構造物や燈台等には海域、季節に応じて大小さまざまな流氷が押し寄せる。一年生レベルアイス、多年生レベルアイス、リッジ等である。氷厚が厚く、かつ多年生の氷になると、海洋構造物に膨大な氷荷重がかかり、振動、損傷、倒壊の原因となる。

・氷海水槽では相似な構造物模型を作り氷象を模擬して貫入試験を行う。

・構造物の表面に作用する局所圧力(Local pressure)や全体荷重(Global load)を計測し砕氷状況を観測する。

・実際の流氷のように氷板を水平方向に動かして固定した構造物に貫入させる方法と氷板に構造物を貫入させる方法の2つがある.実験の簡便さ構造物を曳引車で曳引し貫入させる後者の方法がよく行われる。
垂直円柱、円錐及び垂直平板をレベルアイスを貫入させた模型実験の写真を第4章に示した。

・円柱と円錐では破壊モードが異り、前者は圧縮破壊、後者は曲げ破壊を起こす確率が大である。

・同一形状であっても構造物の大きさ、氷板の厚さ、氷強度や貫人速度により破壊モードは微妙に変化し、異なったモードを同時に起す複合破壊を生じることがある。

・時系列データから極値解析など統計的処理を行って発生荷重を確率的に予測する方法が研究されている。