上図は海自・護衛艦のはじめ、はるかぜ級です。 当時は警備艦と称されました。 本級の二番艦ゆきかぜを新三菱神戸の艤装岸壁で見て高校生の私は、終戦後の日本も軍艦を新造するようになったかと思い、そのカタチはむかしの駆逐艦に似ていると思い、よいカタチだと思いました。 また同好の仲間とともにゆきかぜに乗艦見学し30ノットの疾走を実感したり、はるかぜ級の手本は、USNのFLECHER (F級)ではないかとか、F級と日本海軍の陽炎級はライバルだった等と話し合ったりしたことを、懐かしく思い出します。
それから60年以上、いま護衛艦は私たちも普通に見かけるものとなりました。 その代表例は下図のようです。
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