氷海と船と環境:氷海工学とはどのようなものでしょうか?

「氷海工学」書評

1.(独)ハンブルグ船型研究所元副所長工学博士 ヨアヒム・シュワルツ氏 書評

Congratulations to Dr. Nozawa for this present update of his earlier book on Polar Technology. Chapter 7 is a very comprehensive, clearly structured and up to the state of the art contribution to the Ice Engineering Society. It is a very useful tool for designers of icebreaking ships and offshore structures in ice covered waters. It will also help politicians to make the right decisions, for example in support of Arctic Shipping.(Dr.- Ing. Joachim Schwarz, Hamburg, Germany)

(訳)野澤博士の著書「氷海工学」の出版を心からお祝い致します。この本は総括的に非常によく構成されており、氷海工学の現在を理解するのに役立ちます。現在、北極圏を初めとして世界の多くの氷海域で興味深いプロジェクトが始められています。  例えば、サハリン石油開発、INSROP(ロシア北方航路開発プロジェクト)、ロシア北方域資源開発プロジェク, DAT (Double acting tanker with AZIPOD)によるオイル輸送技術などです。砕氷船や氷海構造物の設計技術者や研究者の座右の参考書として大変有効な本となるでしょう。それだけでなく北極海船舶航行の将来に正しい決断を求められている政治家にとっても氷海問題がどのようなものかを知るために役立つでしょう。

2.東京大学名誉教授 加藤洋治博士 書評

野澤さんの「氷海工学」を読んで ‐楽しい百科事典‐

著者、野澤和男氏が「まえがき」で述べておられるように、「氷海工学」は著者の永年の研究と調査の集大成である。30年あまり前の度重なるオイルショックにより、北極圏の豊富なエネルギー資源は、にわかに注目を集め、砕氷タンカーや氷海で活躍するオイルリグが大きな話題となった。著者が「氷海工学」の調査と研究を始めたのも、まさにこの時期であった。また、その時に適当な(適切な)教科書、ガイドブックがなく、苦労したことが、30年後に本書を執筆する動機になったと、述べておられる。まず、本書の概要を述べよう。

表紙をめくると、4ページにわたるカラーの口絵があって、これがなかなか楽しい。北極圏、南極大陸の地図に始まり、南極観測船、砕氷船、砕氷タンカー、氷海構造物の写真、そして最後に、氷海水槽での模型船の砕氷実験の様子と続いている。砕氷船の前に立った著者の記念写真もさりげなく載せられている。

第1章は「序論」で北極圏と南極圏の地理学的な解説、気温・海流・原住民と生物などの記述に続いて、極地工学・氷海工学・砕氷船の歴史が解説されている。 第2章は「氷海域と海氷」で北極海やベーリング海、オホーツク海の海氷の様子、海氷の分類などが述べられている。楽しいのは、氷盤の大きさを身近なものの大きさと比較して、絵で表わしていることである。例えば、「大氷盤」はゴルフコース、「板氷」はバレーボールコートの絵と並べて示されている。氷山は大型船と比較され、ピアノぐらいの大きさの氷の塊は「氷岩」と呼ばれる。このように図や絵、写真などを多用して、分かりやすく、内容に潤いを与えていることも、本書の特長であろう。一方、海氷の成長には、伝熱工学の知識が必要である。
第3章で述べる「氷板の載荷力」では材料力学の知識が必要になる。しかも海水は真水と異なり種々の塩類を溶かしているので、その挙動は複雑である。これらについては基礎方程式から途中の式の誘導まで、丁寧に示しているので、読む者に分かりやすく親切である。
第4章は「砕氷模型実験」で、世界各国の氷海水槽が図とともに示されている。さらに尺度影響を考慮した模型氷の作り方や試験方法について述べている。
第5章、第6章は「砕氷船工学」と「氷海構造物」の章で、本書の中心をなす部分である。ここでも図や写真が豊富に取り入れられ、読んで楽しいものになっている。それと同時に、理論的な部分も丁寧に解説されている。
第7章「氷海技術の新しい進展」では、氷海技術についての最新のトピックスを紹介している。国際北極海航路計画 (INSROP)の詳細な紹介に続いて、@ポッド型プロペラ、ADouble Acting Tanker、B最近の砕氷船、C大型海氷構造物など、最近の興味ある技術について紹介している。最後に日本近海の石油資源として注目されているサハリン・プロジェクトと氷海での環境問題について解説している。

以上述べたように、本書は氷海工学についてそのほとんどを網羅しており「氷海工学の百科事典」と言える。ただ、普通の「百科事典」と違うことは、著者が「氷海工学」について愛情をもって書いていることである。各章の後に膨大な量の参考文献が示されているが、本書の末尾に参考図書として、寺田寅彦、中谷宇吉郎、西堀栄三郎などの科学者の著作ばかりでなく、アムンゼン、植村直己、さらには、新田次郎、井上 靖、吉村 昭などの著書も紹介されていてほほえましい。本書は氷海工学についての出発点であり、ある意味での終着点といえる。また、理論的・学術的な部分と実際的な部分が、ほどよくバランスしている。評者のひそかな希望は、本書を英訳し、広く世界の人々に読んでもらいたいということである。

3.(元)北海道大学教授 北川 弘光博士 書評

Ice is Nice.と言う言葉がある。一度雪氷の世界を垣間見た研究者は、その魅力にとり付かれてしまう。自然の織り成す白銀の造形美に感嘆しないものはいないだろう。氷は時にはコンクリートより硬く、また真綿より軟らかな場合もある素材である。氷は通常の生活環境では、融点近傍で存在する素材としての特殊性もある。相手はモノマーでもあり、見事な結晶配列も見せる変幻自在な様態の水である。面白くない筈はない。木材や金属と異なり、エスキモー社会を除けば、どのようにすれば排除できるか、破壊できるか言う視座で研究が進められてきたのが氷と雪である。

海氷を主対象とする砕氷工学は、その最も実際的な研究課題であり、エネルギー資源開発に牽引される極域の資源開発を支える中核技術として重要性を増している。砕氷工学では、氷の物理化学、熱力学の基盤の上で、氷の機械的強度、様々なモードでの破壊力学、重力・浮力の評価、弾塑性接触、トライポロジーなどの幅広い分野の研究成果を援用する。テクノロジーのマーケットである。
本書は、氷に魅せられた研究者の一人である著者が長年研鑽を重ねてきたテーマの集大成でもある。深遠な物理化学の落とし穴が随所に隠された氷の実学的諸問題を、さらりと興味深く紹介、解説する。類書はない。

最近の研究成果を盛り込んだ新版は、日頃業務に追われる関係分野の方には頭の中の情報整理と新しい知見が、また専門外の方には、魅惑の世界への手引書としてお楽しみ頂けるであろう。お薦めの書である。